「ママ、今日は何時に帰ってくるの?」
小学生のころ、
夜遅くに帰ってくるお母さんを待ちながら、
泣きながら寝るのが日常でした。
父は家にたまに帰って来るだけで、母は遅くまで働きづめ。
夜の家はとても静かで、でもとても怖かった。
その頃から私は、
「安心できる家庭をつくりたい」
「自由に働けるお母さんでありたい」
と心の奥で強く思っていました。
そして今。
フリーランスのWebライターとして、
子育てをしながら在宅で仕事。
育児の合間で月20万を達成して
フリーランスは7年目となります。
周りに支えていただきながら
いつも好きな場所で
気の合う人とだけとお仕事をしています。
改めまして、うえひかです!
このプロフィールでは、
・うえひかの生い立ち
・独立してからの挫折
・Webライターとしての活動
をご紹介。
なんで女性やママライター向けに
発信活動をしているのか全部書いてみました。
自分の話はとっても苦手なんですが、
どうぞ最後まで読んでいただけたら嬉しいです。
では、幼少期のお話からどうぞ🙆♀️
1.いつも一人で泣いてた小学生時代
子どもの頃は、いつも夜ひとりで泣いてた記憶しかない。
お父さんは仕事が安定してなくて、あんまり家にいなかった。
そんな状態で、私以外にも兄弟がいたから、
お母さんは家族を支えるために
いつも夜遅くまで働いていた。
帰って来るのは夜中だし、
それまで子どもだけで過ごしたりすることもあった。
もちろんたまにの休日は家にいてくれたけど、
安心できる家庭だったとは、正直言えない。
親が仕事で家にいない中、
子どもだけで過ごす夜が本当に怖くて。
トイレにいくのもずっと我慢するくらいだった。
だから私は今でも、めちゃくちゃ怖がり。
慎重にリスクのリスクまで考えて動くタイプ。
そんな内気な性格だったから、
いつも本音を誰かに言ったりできなかったし
毎日忙しそうなお母さんにも
気を使いながら生きてた。
そしていつの間にか、
お父さんは家に帰ってこなくなってて、
離婚した事実をさり気なく伝えられた。
2. 自分の本音を隠しつづけた学生時代
やっぱり親の離婚ってすごくショックで。
今は大人になって”よくある話”で済むのだけれども
当時はすごく落ち込んでた。
そして、お父さんとの離婚によって
お母さんはさらに働く必要ができた。
ずっとずっと母は働いてた記憶しかないし、
家には代わりにシッターさんがいたりした。
親がそんなふうにが忙しそうに頑張る中、
素直にいろいろ甘えたり、
相談なんてとてもじゃないけどできなくて
いつも家族にも周りにも
気を使うのが当たり前だった。
その考えがずっと続いてて、
中学・高校時代も、ただ周りに合わせて全部を選んでた。
中学の友達が、近くの高校に行ってる子が多いから。
そんな理由で高校を選んでた。
制服がちょっと可愛いから、
嬉しいポイントはそこくらい。
適当に先生に言われて選んだ高校だったし、
特別楽しいって感情もなかった。
勉強も別に好きじゃなかったし、
テスト勉強しろって言われても、
隠れてゲームやってた。
このころからすでに、
言われて指示通りに動くのが苦手で
ルールを守って生きる生活が本当にストレスだった。
でも、家に帰っても落ち着かないし
とりあえずバイトしたり部活したりして
予定を埋めながら心の寂しさをごまかしてた。
当時は勉強意欲ゼロの人間で、
高校2年生のときは、
数学は5点取った経験がある。
(取り方が気になる人は聞いてほしい。笑)
今でも、自分に興味がないことを
「勉強しなさい」
って言われたらアホになる性質がある。
そしてそのまま、
なんとなく先生に言われた大学に行って、
適当に単位落とさないくらいように
ギリギリサボりつつ適当に過ごしてた。
でもとうとう、
進路を決めるタイミングになってしまい、
”周りに合わせて選ぶ”
という選択肢が取れない状態になった。
3. 地獄の就職活動が始まった
今まで、自分の人生は
周りに合わせておけば勝手に進むものだって、
ずっとずっと信じてた。
だから一生そうやって
他者にまかせて生きるんだろうなって思ってたんだけど
就職活動を始めた途端
びっくりするくらいの危機感に襲われた。
周りはどんどんSPIとか資格とか勉強して、
「なんかこの会社良さそうだから受けてみる」
「ここから内定もらえた!」
って次々就活から抜けていく。
そんな中、
本当にやりたいこととか
興味のあることさえ分からなかった私は、
・自分になにに興味があるのか
・どんなことをしたいのか
・どんな働き方をしたいのか
とかなにも決められないし、
分からなかった。
大学は英米語学科だったから、
周りの女子たちは
「キャビンアテンダント受けるの!」とか、
「英語の先生目指すの」とか、
それぞれ夢を語りながら、就職活動に励んでいた。
余計に焦った。
自分なりにいろいろ調べて、
リクルートの企業説明会みたいなのにも
行ったりしてみたんだけど
どこにも「ここだ!」って会社も見つからない。
どうしようかなって悩みながら、
でも一つだけ決まってたことは
「忙しく働くのだけは嫌だ。」ってことだけ。
これは今の私のライフスタイルにも通ずるんだけど、
やっぱりお母さんがずっとずっと忙そうだったから、
自分が家族を持った時は、
いつも余裕のあるお母さんでいたいなって。
当時はまだ21歳とかだけど
なぜかぼんやりそういった理想だけはあった。
でも、それしか決まってない私は
すぐに就職先を選ぶことはできない。
っていう結論になって、
悩みながら出した答えが、休学だった。
4. 休学を選択して、周りからルートが逸れた。
もちろん仲の良い友だちからは、
「卒業して、働いてからから考えたら?」
なんて言われたけど、
でも、一度働き出したら
母親のように止まることのできない人生が始まりそうで、
なんかそっちのほうが怖くって。
今もずっと怖がりだから、
どうしても全てにおいて慎重に選びたくて、
・どんな仕事で
・なにをしたいか
・なにをするのか
そんなの全然決まってなかったけど、
とにかく当時の私にとって
一番安全なルートが”休学”しかなかった。
もちろんそこから2年間しかないけど
その間にどうにか何か探さなくっちゃって思って
いろんな情報調べてみたり
読めない本もなんとか読んで勉強したり、
当時まだまだ普及してないネットを見漁って
「自分に合う働き方ってどんなんだろう」
ってずっと考えてた。
自分の道ってどれなんだろうって、
ずっと悩みながら毎日を送ってた。
それが、休学1年生だったかな。
5. 個人事業主との出会い
当時は休学中のアルバイターだったから
とにかく時間だけはあって、
いろんなセミナーに行ったり、
学生向けのインターン参加してみたりもしてたけど
基本は美味しい賄いが貰えそうなアルバイトしたり
たまに彼氏とデートしたり。
休学も長引くと、
辞めた瞬間の熱なんて消えるもんでして、
ふつうに遊んだ。笑
大体、京都の河原町とか大阪の梅田とか
まぁ楽しそうなところならどこでも。
お酒飲んだり、友達とカラオケ行ったり。
でももちろんずっと罪悪感もあって
どうしたらいいのかなって、
モヤモヤ悩み続けてた。
そんなダラダラした生活してる時期に、
たまたまある日Webで稼ぐ方法がある
ってブログを知ってからいろいろ読み漁ってた。
「最初はこんな世界あるんだ〜。へ〜」
くらいだったんだけど、
調べて見るほどだんだん興味がでてきて。
たまたまその時期に会えたのが、
Webで活動しながら個人事業をやってる
同年代の人たちだった。
この人たちと出会えてなかったら
今の私はいないし、
多分ふつうにニートしてたんだと思う。
個人事業なんて概念がよく分かってなかったし
大学のレポートでしかパソコンをいじったことなくて、
「はて・・・・?パソコンで稼ぐとは・・・?」
ってレベル。
当たり前だけど社会人経験ないし、
お仕事もビジネスもしらん。
でもとにかく直感で
「これだな」って思った。
というか、もうここでどうにかせんと
楽しくない大学に戻るか
興味のない会社に勤めなきゃ駄目になるって思って
それだけは嫌やったから、
全部教えてもらうために
海外旅行いけるくらいのお金だして、
知識吸収しまくった。
もちろんその瞬間だけじゃなくて
そこから時間とお金も投資し続けて、
まわりの友達が就職してお給料で親孝行してたり
同僚と楽しそうな飲み会してるとか
いろいろお誘いの連絡もらってたけど
適当に理由つけて断った。
とりあえず食べる寝ること以外、
個人事業主としての考え方とか
Web業界の基礎とか、
結果だしてる方の考え方も全部
脳みそにこびりついて
口癖になるまで続けてた。
この時期が21~22歳。
初めて”自分の目標のために自己投資できた”
って経験をこの時知れたのは大きかった。
もちろんこのときに関わってた人は
当たり前に今もずっと繋がりがあるし、
直接は言わんけど、めっちゃ好き。笑
たまに発信のネタにしてる。笑
ネタになった人からは多分なにも言われてないから
どんどんネタにしてOK
ってことだって解釈してる。笑
そんな風にたくさんWebについて勉強しながら、
お仕事も頂きながら、営業まで経験させてもらった。
でももちろん最初は、
センスも知識もライティング能力も現場経験もないし
ぜんっっっっっっっっぜん稼げなくて、
もーずっと泣いてたよ。
あれだよ、
そんなカッコいい泣き方じゃないよ。
まじで
「うえーん;;;;;;;」
って感じの泣き方。笑
こんなにセンスがないんかって、
ずっと落ち込んでたしモヤモヤしてた。
それで、大した結果出ないまま、
”休学2年間の期日”が来ちゃって。
学校に戻って学生やり直すか、
学校辞めてフルコミッションの営業するか、
選択することになった。
ふつうに諦めて学校戻れよ
って話なんだけど
こんな時間もお金も使って
結果でてないのに諦められなくて。
就活ぶりにどうしようか
めっちゃ悩んだし不安だし心配だったけど、
そのまま大学中退した。
そしてとうとう
「学生に戻る」
って手段がなくなっちゃって。笑
やるしかない状態になったから、
周りににめちゃくちゃ頼りながら、
全力で集中して勢いで毎日必死に動いた。
んだら営業にも熱が入ったし、
個人で年間1300万くらい売上も会社に作れて、
営業チームもとてもいい感じだった。
そしたら当時のビジネスパートナーが
法人化する流れになったから、
裏側のサポートにも入った。
会社の売上がどんどん大きくなるのが面白くて。
毎日何十万、何百万、何千万って金額が動いてて
その流れを見ながらずっと生で経験できたし、
いまもライターとしての活動に十二分に活きてる。
でも、20代はやっぱり未熟だし、
今もそうだけどまだまだ知らないことも多くて、
いろんなゴタゴタやトラブルで、
その会社はなくなっちゃったんだよね。
今なら案件は複数もつっていうのが当たり前なんだけど。
当時はそんな思考も余裕もなくて、
どうにか稼がないとだめで、Webライターを始めた。
6.仕事がなくなってWebライター開始
一社に依存していた働き方からライターに切り替えてみたものの、
最初は全く違うジャンルの仕事だから、
どうしたらいいかわからんかった。
でもやっぱり貯金切り崩す生活はメンタルも大変で、
さすがに収入ゼロで危機感しかない状態。
「どうしよかな…なんかいい感じのお仕事ないかな…」
と思ってググって見つけたのがWebライター。
クラウドワークスなら、
今月からすぐ仕事応募かけられるし
来月末には入金されるから
すぐキャッシュ作りたくて始めた。
だから私の場合は
文章が好きとか、
ライティング極めたいとか、
当時から全くそんなんなく。
ふつうに生活費稼ぐために始めた。
この時期はいまの旦那とお付き合いしてたから、
生活面も支えてもらいながら、
引きこもってパソコン向き合う生活。
1年目はお金ないし
家から出られへん時期のほうが多くて、
体調も崩して、
PMSもキツイし、
十円ハゲとかできちゃって、
なんか女子としてもシンプルにめっちゃ落ち込んだ。
さすがに生活面から立て直さなきゃなって思って、
やっとこの時期に少しずつライフスタイルを整えだした。
お散歩したり自炊したり、
フルコミ営業の時代とは真逆。
毎日公園行ったり、のんびりを優先した生活。
この時期ちょうどコロナの時期だったし、
学生ぶりのスローライフを楽しんだ。
そうやって無理せずコツコツしてたら、
継続でいただける案件とか出てきて、
2年目くらいにやっと月10万くらいになってた。
そんな風にゆっくりと生活してたら、
旦那も仕事が落ち着いてきて、
2022年くらいに結婚して、無事に我が子も爆誕。
仕事も充実して家族がいて
フリーランスも続いていて、
幸せそうに見えるのかもしれないけど
人生に”育児”っていうハードなタスクが追加された。
7.幸せだけど”子育てによる制限”も出てきた
いったん育児に専念してみようってことで、
産後は1年くらいライターお休みしてたんだけど、
そのあいだもずっとモヤモヤしてて。
「お仕事再開できるのかな・・・」
「育児と一緒に両立できるのかな・・・」
「でも働かないときつくなるよね・・・」
こんな感じで、
今まで一人で完結していた仕事やライフスタイルが
子育てによってすごく攻略が難しくなった。
正直、独り身のときとは違って
すこし人生に制限がかかったように感じた。
もちろん我が子が大好きで、愛してるけど、
それは母の側面であって、
私個人はそのパーソナルだけではないんだよね。
私自身は子どもできるずっと前から
ずっと自由でいることを優先してきたし
会社に勤めたことないから
そういう働き方しか知らない。
目の前のワクワクすることにいつも夢中で
会社の売上が出たときも、
ライターが楽しくなってきたときも、
自分に合う稼ぎ方しかできなかったし、
一生そういう働き方で自由を死守していくつもり。
だから、
”常に自由で在り続ける”
っていう目標をこれからも
きちんと達成しつづけないとだめで。
そのためにも、
今後は周りに還元できるものや経験してきたことを
いろいろ渡していく必要が出てきて
2025年4月に子どもが幼稚園に行ったタイミングから
発信を本格的にはじめることにした。
8.「育児しながらでも自由に働ける」を証明したい
今はライターのSEO案件だけじゃなくて
ディレクションとかAIジャンルのお仕事とか
少しずつ仕事の幅を広げているところです。
合間にライターさんの相談にのってたら
案件取れたり、継続がもらえたり、
周りにいる人もいい動きが取れるようになってきてる。
在宅育児で月20万達成できてから、
もちろん時期によって波はあるけど
一番大事にしてる
”自由な時間”は守りながら、
楽しく働けてるよ。
同じように育児してて働いてるけど、
バリバリ活動はできてないって人へ。
そして副業やライターを始めて
まだまだつぎのステップを目指したい人へ。
フリーランスとして独立したのに
上手くいかない時期が続いている人へ。
試行錯誤しながら、
自分のスキルも子どもみたいに育ててあげると
できることが増えるし、
お仕事が楽しくなってきて
自由の幅だって広げられるからね。
そういう女性を増やしまくって、
一緒に楽しいお仕事ができたら
本当に本当に嬉しいなって思ってます。
今日も毎日、育児を頑張る人たちが、
少しでも自分の力で生きていくスキルに自信をもって、
すこしでも自由な時間が増えますように。
応援してます。
2025年9月1日 うえひか。
・
最後に・・・
ここまで全部さらけ出して話したの初めてだったんですが、
いかがだったでしょうか?
なにか少しでもあなたの背中を押すきっかけになったら嬉しいです
今年から来年にかけていろいろ面白そうなことして
みんなに楽しんでもらえるように頑張ります☺️✨️
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